2025年 年間標語 年間標語「強く、雄々しくあれ」(ヨシュア1章1~9節)
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『先生方の味方になってください 』 牧師コーナー(823)
数年前から、こんな話をよく聞きます。それは、若者たちが見せつけるようにタバコを吸っても、叱る大人が少ないということです。注意をすると、子どもたちが殴りかかってくる可能性もあるため、むしろ大人が目をそらして通り過ぎることが最善だと言われています。
かなり前にこんな新聞の記事を読んだことがあります。バスの中で、ある老人が少年に「高齢者席を譲りなさい」と叱りました。すると少年はバスを降りたあと、地下階段を降りていく老人の背中を押し、老人は階段の下まで転げ落ち、脳しんとうで亡くなってしまったというのです。少年は「イライラしたから押した」と供述したそうです。
子どもの過ちを正してあげられる場所が学校です。しかし先生たちも、すでに指導をあきらめてしまっていると言われています。「寝る子は寝て、騒ぐ子は騒ぎ、注意を向けてくれる一部の生徒だけのために授業をしている」と。体罰でもしようものなら、親が教師を訴えると言って押しかけてくるからです。
問題は、親の関わり方にもあるのではないでしょうか。誤った愛が子どもを誤った方向に放置してしまう場合があります。親は自分の子どもに問題があるという事実を認めません。悪い友達と付き合ったせいだと思います。「自分の子どものせいで近所の子が悪くなった」と言う親に会ったことがありません。十代の子どもたちが酒を飲み、タバコを吸い、性行為をしているという話を聞いても、「うちの子はそんなことはしない」と信じて疑わない親も少なくありません。
二種類の親がいます。外でケンカをして帰ってきたとき、子どもを連れて行って相手に謝らせる親もいれば、相手の親を探して文句を言いに行く親もいます。子どもを守る愛情はどちらの行動に表れているでしょうか。
私は、親たちは先生方の味方として協力していただきたいと思います。特に教会ではなおさらです。たとえ先生が本当に間違っていた場合でも、まず子どもを注意深く導くことが大切です。そして静かに教師に会って、問題の解決策を一緒に考える姿勢を持ってほしいと思います。子どもの意見にだけ耳を傾け、教会や先生のせいにしてしまうと、かえって子どもを支える機会を失ってしまうことがあります。実際、「親たちのせいで生徒を厳しく指導できない」と先生たちのため息について話すのをよく耳にします。そのため、うつ病に苦しむ先生が多いのです。
私たちの教会の信徒の皆さんには、心からわが子を愛する親になってほしいです。
かなり前にこんな新聞の記事を読んだことがあります。バスの中で、ある老人が少年に「高齢者席を譲りなさい」と叱りました。すると少年はバスを降りたあと、地下階段を降りていく老人の背中を押し、老人は階段の下まで転げ落ち、脳しんとうで亡くなってしまったというのです。少年は「イライラしたから押した」と供述したそうです。
子どもの過ちを正してあげられる場所が学校です。しかし先生たちも、すでに指導をあきらめてしまっていると言われています。「寝る子は寝て、騒ぐ子は騒ぎ、注意を向けてくれる一部の生徒だけのために授業をしている」と。体罰でもしようものなら、親が教師を訴えると言って押しかけてくるからです。
問題は、親の関わり方にもあるのではないでしょうか。誤った愛が子どもを誤った方向に放置してしまう場合があります。親は自分の子どもに問題があるという事実を認めません。悪い友達と付き合ったせいだと思います。「自分の子どものせいで近所の子が悪くなった」と言う親に会ったことがありません。十代の子どもたちが酒を飲み、タバコを吸い、性行為をしているという話を聞いても、「うちの子はそんなことはしない」と信じて疑わない親も少なくありません。
二種類の親がいます。外でケンカをして帰ってきたとき、子どもを連れて行って相手に謝らせる親もいれば、相手の親を探して文句を言いに行く親もいます。子どもを守る愛情はどちらの行動に表れているでしょうか。
私は、親たちは先生方の味方として協力していただきたいと思います。特に教会ではなおさらです。たとえ先生が本当に間違っていた場合でも、まず子どもを注意深く導くことが大切です。そして静かに教師に会って、問題の解決策を一緒に考える姿勢を持ってほしいと思います。子どもの意見にだけ耳を傾け、教会や先生のせいにしてしまうと、かえって子どもを支える機会を失ってしまうことがあります。実際、「親たちのせいで生徒を厳しく指導できない」と先生たちのため息について話すのをよく耳にします。そのため、うつ病に苦しむ先生が多いのです。
私たちの教会の信徒の皆さんには、心からわが子を愛する親になってほしいです。
趙 南洙師
